内示

赴任に向けて動き出しました。

 

★配属エリア

同じ都道府県内でも地域による区分があり、

いくつかの「圏域」に分割されています。

 

圏域毎に「教育事務所」という役所があり、

教員の研修や人事の一部を担っています。

※小中のみ

 

教師として教育的な視野を広げ(させ)るため、

初めは複数地域を経験することが一般的です。

また、地元で初任はあまりないのも事実です。

※私はそもそも関係ない

 

教採の合格者には就職の意思確認の際に、

「3月〇日は面接※の為空けておくこと」

「詳細は追って(2月下旬)通知する」と、

事前の連絡として書いてありました。

 

この面接は就職面接と違って合否は覆らず、

「あなたはここへ配属されます。」という

予告、つまり内示をするための面談です。

 

連絡より早い2月初頭に案内が届きました。

そこには教育事務所の名前が印字してあり、

その事務所管轄地域が配属先となります。

 

これをサイレント1次内示と勝手に呼び、

便宜上「A圏域」と呼ぶことにします。

ちなみに第2希望で出した所でした。

 

★家探し

サイレント1次内示が出た瞬間(=2月初頭)、

我が家は家探しに着手しました。

 

とはいえ、初めて経験する1人暮らし。

家のことは親に任せ(むしろノリノリだった)、

私は親チェックの入った物件から選ぶだけ。

 

2週間後(=2月中旬)には内見をしました。

不動産屋に「早いね!」と驚かれましたが、

教員の内示の遅さは巷でも有名なようです。

 

1日かけて内見した結果、6択程あった候補は、

『3月には入居できる』を必須項目として、

〈スーパの近さ〉か〈新築〉という、

非常に悩みがいのある2択に絞られました。

 

驚いたのはそのコスパ

同じ間取りで相場以上の広さがあり、

お家賃は都心部よりもずっと安いのです。

 

ライフラインの手続き

家探しの過程で1番面倒だと思いました。

当たり前に使っている電気・水道・ガス。

これらは手続きがあって使うことができ、

これまでしてくれていた家族に感謝です。

 

お金を払っているという意識が出てくると、

無駄に使いたくないという気持ちになり、

こまめに水道と電気を消すようになりました。

 

★家具購入

間髪入れず家具や小物を探しに出かけました。

ニトリコーナン、イオンなどを物色。

 

初日はカーテンとカーペットを買いました。

「目に優しい」をコンセプトに緑を基調とし、

カーペットはまるで芝生の上にいるかのよう、

その他も植物の刺繍があるものを選びました。

 

家電製品の購入は祖父のツテを頼りました。

冷蔵庫・洗濯機・レンジ・TV・炊飯器を購入。

新生活応援グッズもオマケにもらいました。

 

ベッドは似たり寄ったりの選択肢に悩みつつ、

届くまで持ち込んだ布団で寝泊まりしました。

コンセント付きは驚きました(自分はない)。

 

★面接

入居から何日か連続で新居に泊まってみて、

最後の日に前述の面接に行きました。

 

名前のリストには提出物の関係でしょう、

「新卒」か「既卒」か記載されていました。

私は新卒なのに「既卒」になっていて、

提出物を求められ、気の悪い思いをしました。

 

まず、一同に集って諸注意がありました。

隣の人はD圏域出身でDを希望もAに配属。

本当に人事の基準は分かりませんね。

 

説明の後、面接ブースへ行きました。

1番早い時間帯だったのでラッキーでした。

ここで配属される市町村が告げられました。

思いもしない場所に配属が決まりました。

 

★内示

面接での集合で2次内示の日が伝えられました。

これは赴任する学校が決まる内示となります。

(まあ全員同じ日の決まった時間帯ですが)

その日はドキドキしながら実家で待ちました。

 

結局、時間内にかかってきませんでした。

そんな時は事務所へ連絡を入れてとのことで、

1分過ぎたことを確認し電話を入れました。

対応は大変良く(何様ですか)安心しました。

 

その2分後くらいに電話がかかってきて、

校長先生とやり取りをすることができました。

 

まあ1年担任だろうとは思っていますが、

特に学年や役割等が決まってる様子ではなく、

「決定事項で⋯」とも言われませんでした。

他に初任者がいるかも言及なしでした。

 

後日、車を借りて家から運転してみました。

道は良く景色も良いが夜は暗いでしょう。

時間は道を間違えても40分あれば着きます。

 

3月末にはオリテをしてくれるそうです。

おわり

大学院 M2エンディングとその後

2月が終わりました。

学業の方も年が明け次々と終結を迎えまして、

新生活準備に忙殺された怒涛の2ヶ月でした。

 

修論(に代わる卒業課題)   《1月中旬》

「教育実践論文」というジャンルの論文で、

2年間の学校実習(研究活動,10単位相当)を

総括する3万字級文書と公開用A3要旨の執筆

に日夜明け暮れた末、無事に提出できました。

 

指導教員は全院生が2人体制だった訳ですが、

私の場合は主担当が4ヶ月休暇を取りました。

どの先生も誰かの主担当でゼミを持っており、

その間は副担当のゼミで指導を受けました。

つまり、実質2つのゼミに所属した訳です。

 

〔おまけ〕

私の執筆テーマは、 ザックリ言えば、

「言語活動でより良い人間関係を育むために、

中学生は英語の授業のどこに不安を感じるか」

 

○報告会《2月上旬》

これまでのブログでも触れてきましたが、

毎学期末に研究科で報告会を行っています。

この報告会のために最終課題とはまた別で、

発表用スライドとA4要旨を作成しました。

 

いくつかの小グループに別れて報告を行い、

様々な先生からコメントを頂きました。

運営や進行は院生で行うことになっており、

役割分担として2年間ずっと司会をしました。

 

最後に全員揃って行う総括会があります。

研究報告と併せて身についた力量の考察を

小グル毎に総括報告をする時間があります。

その発表担当をM2は前後期とも務めました。

 

○卒業課題の評価  《2月中旬》

提出&報告から少ししか経たないうちに、

主担当経由で講評のメールを頂きました。

 

講評の字が「好評」になっているなど、

ルーブリックに基づき様々な項目で審査して

どの点をとっても「非常に良い出来だ」と

お褒めの言葉を頂きました。励みになります。

 

○授業終了

M2後期は8単位の講義を受講しました。

※他に研究関係で5単位を実質受講している。

 

2単位は後期配当の研究科必修科目ですが、

6単位は学部の小学校教員養成科目です。

(国語, 社会, 家庭科の指導法を2部で)

 

学部科目が全部対面で非常に大変でした。

人間関係とか模擬授業とか課題とか…。

10月から4ヶ月もよく頑張りました。

 

M2は学部の授業の方が多かったのですが、

最後は大学院の講義で締めくくられました。

これで学生として授業を受けるのは最後かも?

 

この2年間は夜間コースに通っていたため、

授業は全て夜(18:00〜21:00)でした。

最初は変な感じでしたが随分と慣れていき、

もうそんな生活も無いのかと感慨深いです。

 

働きながら学ぶ人の学び舎は独特な雰囲気で、

より価値観を広げられる良い経験でした。

 

○成績発表

M2後期履修分の成績も2月下旬に発表され、

無事に全科目習得することができました。

修了要件は46単位で50単位を習得しました。

 

小学校2種(隣接)12単位の要件に関しては、

10単位分の指導法の単位は習得できたので、

残り2単位は認定講習で細々と勉強します。

 

※よって総取得単位は60単位となった。

 

〔おまけ〕小学校の指導法 

習得… 生活,体育,国語,社会,家庭

残り…算数, 理科, 音楽, 図工  

げ、苦手な科目ばっかり残った…

※英語は対象外

 

○研究室助手として

12月〜2月に某研究室で助手をしていました。

印刷・仕分け・データ入力・スキャン・裁断

を引き受けて業務効率化に貢献しました。(笑)

 

ほとんどの時間スキャン作業をしましたが、

今後分析にかけられる大切で大量な資料で、

やりきった達成感はとても大きかったです。

 

作業をしつつ先生ともお喋りをしていました。

バイト自体は任務完了で終了しましたが、

研究室の一員として今後もお世話になります。

 

○小学校支援員として

学部4年から同じ学校で3年目の勤務ですが、

いよいよ3月がラスト・退職を迎えます。

3年の関わりを生かし濃い仕事をしています。

 

○広報取材

M1の後輩達が広報ビデオを作成するそうで、

そのワンカットに出演することになりました。

近いうちにHP上で公開されることでしょう。

 

○パァーーッと打ち上げ

2年間お疲れ様打ち上げにいくつか参加。

普段はオンライン授業のため本当にご無沙汰。

とても楽しい時間を過ごさせてもらいました。

 

おわり

岐阜で見た"GIFT" -2-

※まえがき

当記録はいくつかを組み合わせた総集編です。

 

"外国人観光客が訪れる観光地ランキング"

にて岐阜県「飛騨・高山」は第5位の人気。

東京,大阪,北海道,京都に次ぐ観光地である。

 

○特急ひだで飛騨路へ

大阪ひだは、美濃太田下呂・高山に停車。

その1時間前に岐阜を出る普通を乗り継ぐと、

下呂まで普通列車で先着することができる。

車内は同じ考えの乗客でいっぱいだった。

 

美濃太田を過ぎると雄大な飛騨川が現れる。

右へ左へと変わるのでどの席でも見やすい。

個人的に土讃線高山線は似ていると思う。

水の色や川幅は四国の吉野川に似ている。

 

下り列車には自動放送による観光案内もある。

キハ85の声優はよく音声教材に登場する人で

英語版はリスニングを受けている気分だった。

HCの人は上品で綺麗な発音で聞きやすい。

 

下呂温泉

日本3大名湯(草津,下呂,有馬)の1つである。

特急列車で1.5h、普通列車なら3hの遠さ。

 

日帰り入浴のため「白鷲乃湯」へ。430円〜。

名湯を味わうべく頑張って20分入浴した。

宿泊しないと楽しめないと思っていたが、

しっかり街も形成されて巡りやすかった。

 

お土産にバスミルク・フェイスマスクを購入。

メロンパンアイスを買って食べ歩いた。

 

○飛騨古川

映画「君の名は」のモデルとして有名な駅で、

岐阜県最北の特急停車駅となる飛騨古川。

 

大阪ひだが岐阜で連結する名古屋発ひだは、

飛騨古川ゆきとして高山から1区間北上する。

乗客はほぼ高山で下車して非常に少数だった。

 

周囲を山々に囲まれた飛騨の奥座敷

瓦屋根+白壁+小川という昔ながらの街並み

飛び交う無数のスズメバチ。さすが山間部…

行列のできるお蕎麦屋さんはまたの機会に。

 

45分の折り返し便で高山へ。

喫茶にて 朴葉味噌と飛騨牛のおにぎり購入。

時間の関係で車内に持ち込んで食べた。

 

〇飛騨の小京都・高山

高山駅は木の温もりを感じる建物だった。

第1印象は空気がキレイ&街並みが京都。

コンビニも京都のような色合いをしていた。

 

飛騨地方は冬には豪雪地帯になる場所である。

3月訪問時は肌寒いくらい涼しかったが、

コロナ渦で閑散。ご年配の登山客が多かった。

 

4月訪問時は30℃を記録し大変な暑さだった。

外国人を含め観光客のそれは多いこと。

1人で行くと少し寂しい思いをすることに…

 

高山は「食」の観光が充実している。

飛騨牛、お味噌、肉寿司、飛騨の地酒…

地元ではお目にかかれないものばかり。

 

お味噌は赤味噌

味噌蔵、味噌汁の試食、 みそアイスなど。

雪国かつ山国の岐阜の水は尖っているため、

風味の強い赤だしが生まれたのだとか? 

 

2度目に行った際には新名物ができていた。

その名も「さるぼぼアイス」であるが、

抹茶味を食べたがあまり美味しくなかった笑。

 

・合掌造りミュージアム

その場所だけ大和? 弥生?時代が広がっていた。

近くで見る合掌造りはやはり壮大だった。

しかし、見どころは少なく、雨も降ってきて、

滞在時間はバスの合間30分であった。☔️

 

・さるぼぼ

店先に置いてあり、まるでマスコットキャラ。

赤以外にも色々な色があることを知った。

金運とか恋愛とか色によって違うようだ。

 

白川郷

高山から高速バスで1時間で到着する。

訪れた時は10月で気温30℃のカンカン照り。

 

テレビでよく見る白川郷の合掌造り集落は、

実はバスターミナルからすぐ近くにあった。

合掌造りの家1件1件が土産物屋になっており、

言ってしまえば「作られた観光地」である。

 

そこで大勢の観光客とは真反対の方向へ。

家や公共施設はあるが一切生活音はなく、

風の音だけがする青々とした空間…。

昼間なのに少し怖さもある場所だった。

 

白川郷を深く知るには短すぎる時間だった。

今度は雪の残る時期に足を運びたい。

 

おわり

岐阜で見た"GIFT" -1-

※まえがき

当記録はいくつかを組み合わせた総集編です。

 

○岐阜の紹介

岐阜は日本の中心に位置する自然豊かな県で、

関ヶ原岐阜城中山道などの歴史的な面や、

美濃焼・関の刃物・飛騨牛などの特産品、

長良川木曽川揖斐川木曽三川

下呂温泉、飛騨高山、白川郷などがある。

 

○特急ひだ

名古屋〜岐阜〜高山を結ぶJR特急である。

一部は大阪や富山を発着として運行される。

 

昔はキハ85系(ワイドビュー)で運行した。

バブル期の豪華さが特徴的だったが引退し、

現在はHC85系(ハイブリッド車)になった。

座席や走行時の快適性が格段に増した。

 

ーーーー

大阪発着の便は「大阪ひだ」と呼ばれる。

大阪発は7:58(休日は8:02)、大阪着は19:50。

まずは朝便を使って岐阜へと向かいたい。

 

大阪駅1番ホームは中々の混雑であった。

休日は飛騨高山への観光客が利用するのだが、

平日は京阪間の通勤需要で乗車率は高い。

2両しかなく自由席でも侮ってはいけない。

ーーーー

○大垣

「水の都」と呼ばれ、湧き水が豊富である。

金蝶園総本家の「水まんじゅう」が有名だ。

5月頃に見かけたが気が乗らず買わなかった。

秋頃にまた行った時に"夏季限定"と知った。

次の春には必ず買って味わいたいと思う。

 

ーーーー

大阪ひだは岐阜駅で客を載せて車庫へ行く。

名古屋発ひだと連結するためのひと工夫だ。

ーーーー

 

○岐阜(市内)

岐阜駅からバスに乗って市内を観光した。

岐阜バスの市内循環線は大混雑だった。

 

長良川うかいミュージアム

金華山長良川がすぐそばの立地にある。

鵜という鳥を使って魚をとる伝統漁法である。

次にある予定のため時間が窮屈だったが、

見学までの予習が足らなかったと思った。

次は実際をこの目で見たいと考えている。

 

・柳ヶ瀬

岐阜市の中央に位置する商店街である。

高島屋があったが閉店し、百貨店ナシ県へ。

アーケードが続き雨でも濡れないで済む。

最近は個人商店や複合施設の展開が目立つ。

 

・メディアコスモス

旧病院跡地を活用した複合型図書館である。

蔵書の数や設備,デザインの清潔さはピカイチ。

最寄りの中高生が多く自習に訪れていた。

様々なイベントも館内の施設で催されている。

 

ーーーー

名古屋へ移動し中央線で40分。

日本一暑い町の1つ多治見へ向かった。

ーーーー

 

○多治見

・モザイクタイルミュージアム多治見

陶器の街・モザイクタイル発祥の地である。

フォトジェニックなアートの展示だけでなく、

バラ売りの飾り付け用タイルも充実していた。

実はタイルの世界は奥深いのかもしれない。

 

ーーーー

多治見から美濃太田駅まで太多線を利用し、

美濃太田からはひだ号で岐阜駅へ戻った。

実はひだで座席の指定を取ったことはなく、

自由席での移動を私はおすすめとしている。

 

・理由

①座席の作りは指定席と同じだから。

②特定特急券が使えて安いから。

 

岐阜〜猪谷間は自由席の価格設定が低く、

~30km330円、~60km660円となっている。

普通列車が少ない特急路線あるあるであり、

岐阜〜美濃太田下呂〜高山などが該当する。

 

当日は岐阜市内のホテルに宿泊した。

つづく

 

山陰にサインイン②

Day2 鳥取城崎温泉


翌日は朝も早くから出雲市を後にした。


①特急スーパーまつかぜ

くにびき(益田〜)」「あさしお(〜鳥取)」

という米子を起点とする2特急が合体し、

スーパーくにびきとしてデビューする。

その後、スーパーまつかぜとなった。


くにびき「国引き伝説」からきている。

他の国(日本の)から土地を引っ張って、

出雲国を大きくしたという伝説である。


「まつかぜ」松林に吹く風が由来だ。

山陰経由の寝台列車の愛称に使われており、

復活した形で引き続き山陰を走っている。


スーパーと冠するJR特急は随分減った。

しかし山陰は4列車が活躍している。

山陰と言えば黄色く角張ったキハ187系だ。


鳥取駅にて

出雲市から2時間の乗車で鳥取まで来た。

車内は暖房の熱気が篭って暑かったので、

時々停車駅でデッキへ出て体を伸ばした。


鳥取トワイライトEX瑞風を見た。

超豪華寝台列車クルーズトレインだ。

ホームの真ん中でどっしり止まっていた。


写真撮影に夢中で砂丘行きのバスを逃し

1時間バスターミナルで待機することに。

看板には大阪や京都という文字が出てきた。


鳥取砂丘

もっと駅から近い場所にあると思っていた。

トンネルを抜けると一気に砂漠が広がった。

バスは満員で外国人客で賑わっていた。


なぜ鳥取砂丘が広がっているのだろう。

中国山地から土砂が川から日本海へ流れ、

波によって打ち上げられたものなのだ。

進行形で砂丘が形成されているわけだ。


海の手前の丘まで歩いたが予想以上に急坂、

雨も少し降り出し道のりは大変だったが、

丘の上まで登ってみた景色は絶景だった。


ゆっくりしている時間はあまり無かった。

滞在1時間で鳥取駅に帰る必要があった。

梨のアイスも食べて、鳥取駅へ戻ってきた。


④特急はまかぜ

砂丘に吹き付ける浜風が由来の特急である。

多客期なのか豪華に6両ほど繋いでいたが、

自分の号車は途中まで貸切状態だった。


「かにカニはまかぜの通りで有名な所、

途中駅には浜坂香住竹野がある。

数人が長方形の発砲スチロールを持ち、

名残惜しそうに列車へ乗り込んできた。


途中、餘部鉄橋を渡った。

橋や駅(餘部駅)には見物客が大勢いた。

お互いに列車と景色にカメラを向けた。

ここは昔に事故もあった場所でもある。


鳥取駅から2時間で城崎温泉に到着。

この時の駅弁はカニわっぱ弁当だった。


城崎温泉

あいにくのだったが3時間滞在できた。

もちろん温泉を楽しむことが目的である。


大浴場に露天があっても行かない主義だが、

城崎で寄った風呂屋には露天しかなかった。

なるほど、「外湯」とはよく言ったものだ。

結局上がってみれば30分も経っていた。


城崎温泉には「街全体が1つの大きな宿」

という考え方が根付いているようだ。

駅は玄関、道は廊下といった所だ。


風呂上がりにはプリンを食べた。

幾つかあるが満員御礼となっていたので、

持ち帰りで食べる場所を見つけて食べた。


雨が酷くなったので土産屋で長く過ごした。

蟹とコラボした商品や地酒が豊富だった。

選んだ日本酒は酒屋さんのお墨付きだ。


⑥ 満喫し帰宅

今回は出雲大社がメインのつもりだったが、

鳥取や城崎にも寄って楽しむことができた。

1泊2日にしては濃密な山陰旅行だった。

 

おわり

山陰にサインイン①

ずっと行きたかった山陰へ行ってきた。


Day1    出雲市

岡山から出雲市まで特急やくもを利用した。


①特急やくも

出雲国の由来に八雲立つの一節がある。

八雲立つは出雲にかかる枕詞でもある。

八雲とは「幾重にも重なる雲」だからか、

車両ロゴや主要駅看板は雲の形をしていた。


やくもは山陽と山陰を結ぶ特急である。

フル乗車なら2時間位山間部である。

旧車は酔うとのことで初やくもだった。

所要時間はぴったり3時間かかった。


新型やくも車両はブロンズ色であるが、

沿線の様々な茶系の景観を意識している

車内のメロディに採用されている曲は、

島根発・official髭男ディズムである。


お昼時だったので駅弁を食べて過ごした。

商品名は「岡山名物大集合」である。


出雲大社

こちらは神様大集合縁結びの聖地である。

10月に出雲に集うことが陰陽説で良いとか。

山陽/山陰の名も陰陽説が由来である。


だいこく様因幡の白兎*で有名な所だ。

【*因幡国への道中に白兎を助けた伝説】

「いなば」「はくと」鳥取を結ぶ

JR特急として活躍中である。


出雲大社には13mの大きなしめ縄がある。

これは現世と神の聖域を隔てる結界なのだ。

どのように結うのか予想してみた。

半分に曲げて右から左?。 正解はこれの逆。


一畑電車

帰りは電車で出雲市駅へ向かった。

一畑とは一畑薬師のことで真逆の方向だ。

出雲市出雲大社の直通便は日中はなく、

途中の川跡(かわと)駅で乗り換えた。


出雲大社からの便出雲市からの便

松江からの便が一同に介していた。

その時間が偶然なのかは分からないが、

ダイヤの組み方としては高度である。


四国の電車とよく似ていると思った。

伊予鉄の顔とよく似たものがあったが、

同じ会社から譲り受けた車両だからだ。

JR四国普通列車と似たものもあったが、

同じ製造会社から受注したそうだ。


出雲そば

桃鉄にも界隈では有名な「出雲駅」がある。

そして、出雲そば屋」が1000万で買える。

独占しやすい駅でそばも認知度が高い。

なにせ、日本3大蕎麦なのだから。


出雲大社の近くで出雲そば屋を探したが、

どこも「本日は営業終了」していた。

出雲市駅の近くにある店で食べることに。

周辺のお店を含め19時閉店は要注意だ。


今回はそばの釜揚げ天ぷらを注文した。

連れは割子(わりご)そばを食べていた。

どちらも定番の食べ方と紹介されていた。


⑤出雲おろち踊り

出雲でずっと耳に残るメロディがあった。

JR出雲市駅の入線メロディである。


瀬戸の花嫁故郷の空、やっぱ好っきゃねん

など地元ゆかりの曲が使われる場合がある。

出雲市「おろち踊り」という曲だった。

オロチとは、伝説の大蛇のことである。


オロチを退治したスサノオノミコトが、

妻(助けた娘)にあてて読んだ歌が、

八雲立つ」の一節に繋がるのだとか。


⑥晩酌

20:45〜のニュース番組はご当地色が強い。

島根では「しまねっと845」となっている。

だが、天気予報は島根鳥取も扱われる。


両者は地理初心者には混同しやすい県だ。

雰囲気も似ていて違いという違いがない。

参議院の選挙区も両者で1地区である。


ホテルは駅のすぐ目の前にあったため、

ほとんどの時間を窓を眺めて過ごした。

東京へ発つサンライズ出雲を見送り、

シマネエールを片手に晩酌を始めた。

 

②へつづく

雇入前健康診断

あけましておめでとうございます。

今年は大学院修了→就職→初任者研修

さらに初の1人暮し、そして車の運転など

イベントが山盛りに控えています。


さて、

労働に関する法律で義務付けられている、

雇い入れ前健康診断に先日行ってきました。


昨年の間に意思確認書類と一緒に送った

返信用封筒に健康診断の知らせが入れられ

案内通り11月下旬に自宅に届きました。

 

同封されていた書類達には「個人番号」

なるものが振られていました。

これから使われていくやつでしょうね。


(おまけ)

自宅から採用地まで電車で2時間半ほど。

出張は1日がかりの小旅行となります。

行きに某豪華列車の見送りができました。

いいことあるかもしれませんよ。


【費用】

採用地の場合、

自治体が指定する日時/用意した場所で

受診する際の費用は公費で賄って頂けます。


日程が合わないor常勤講師で任用の場合

その病院はこちらで探すことになり、

費用は個人が持つことになります。


ということで現地まで参上しました。

交通費や宿泊費はさすがにでません。


【日程】

日時や場所はこれと指示がありつつも、

初期登録の際に日時は多少ずらせることが

できるようなシステムとなってました。


ここは例えば校種や教科で日時指定! など

自治体の採用規模によって違いそうです。


【検査内容】

身長、体重、腹囲、聴力、視力、内科、

心電図、X線、血圧、血液、尿検査

で多分全部だと思います。


血液検査が1番ストレスでした。

 

終わってみたら時間は40分ほどでした。

流れは非常にスムーズでした。

ーーー

(おまけ)

私事ですが10月から咳が止まらず、

3ヶ月放置した結果さっぱり回復せず、

年明けすぐ病院で喘息と診断されました。


吸引を始めると途端に咳が止まって、

今では快適に過ごせています。

しばらく喘息持ちという肩書きがつきます。

激しい運動は自粛するべきということです。


私に運動部の技術指導を託す管理職は

いないと心の底から願ってはいますが…

新人は生徒と汗をかけとか言われたら、

喘息ですからとキッパリ断りにいきます。

ーーー

 

【再会】

私の1つ後ろの受験番号で合格した人と、

偶然再会することができました。

連番なので試験が終わる時間も同じで、

試験当日の帰りに駅までの道をお尋ねした

お礼はいつか言いたいと思っていました。


その方も教職大学院出身で同い年という

奇遇な経歴だと改めてお話して知りました。


実はさらに後ろの番号の方も合格していて、

見た感じ明らかに学生のようでしたし、

私の前にも受験者が数人いました。


ということは…

自分の科目だけでも教職大学院の修了(見込)

の人が数人いるという計算になりますよね。


都道府県庁へ】

都なのか道なのか府なのか県なのか

明らかにしてないのでこの書き方ですが、

用事もあったので庁舎へ行ってきました。


さすがに都道府県レベルになると、

教育委員会に行くにも受付で取次が必要で

用事を伝えゲートをくぐって行きました。


多忙な中職員さんは丁寧に対応して下さり、

お話(就職に向けて)もして/聞いて下さり、

4月から頑張ろうと思った時間でした。


【タクシー移動】

そんなこんなで話に花が咲いた結果、

次の予定に間に合うためタクシーへ乗車。


運転手の女性の方とお喋りしていました。

ユニバーサルタクシーというもので、

後ろの席が広めに取られおり快適でした。


【市役所へ】

教職大学院の授業で繋がりのある先生が

市町村の方の教育委員会に勤められていて、

ご挨拶(会いたいだけ)に伺いました。

 

M1の講義にGS※でこられていた※方です。

※ GS: ゲストスピーカー ※@ zoom

あの講義でこの自治体を受けようと思い、

本当に就職することになったという訳です。

 

SNSで連絡を取って行きました。


この時、時刻は15時を過ぎた頃でした。

健康診断があり昼食がまだだったので、

市役所の中にある食堂でお昼を食べました。

ハンバーグカレードリア、美味しかったな。


【お土産買い】

家族にお使い(酒)を頼まれていた事もあり、

駅ナカのお土産もの屋へ向かいました。


お酒だけ買って帰る予定でしたが、

スーパーで売っているお菓子のご当地味

を発見して、珍しいので買いました。


レジのお姉さんも「これ(お菓子)私も好きで」

とおすすめしてくれました。間違いない。

後日、家族で美味しく頂きました。


以上、雇い入れ前健康診断レポでした。