中学校ってどんな所かな? (学校体験)

先日、小学生が私の授業を見に来てくれました。

特にそのような分掌がある訳ではないですが、

私は小学生によく授業を見られます。

 

時期になると入学説明会や学校体験があり、

校区の6年生(や保護者)が集まる日があります。

 

特別支援学級へ進級する子については、

これとは別で見学会が設定されています。

 

子ども(6年)・保護者・小学校の支援学級担任が

来校し、中学校の支援学級担任が対応します。

その一環で授業見学が行われます。

 

弊社には、知的学級と情緒学級があります。

去年(初任時)は、情緒級の教科担任でした。

今年は、知的級の教科担任をしています。

 

日程が先(偶然)か見せたい授業が先(必然)かは

分かりませんが2年連続で参観が当たりました。

私は仕組まれている(つまり授業者が私だから)

と勝手に思っています。

 

情緒級は通常級と同じカリキュラムなので、

プリントやワーク課題を各自で進めました。

見学も課題に取り組む様子を見てもらいました。

こんな風に進めているよという話もしました。

 

知的級は各自に合わせて学習計画を組みます。

外国語活動のレベルの子もいれば、

教科書レベルに進ませる子もいます。

 

難易度こそ優しくしていますが、

気を抜くとすぐに課題が終わってしまうなど、

知的にハンデがあるという文字面以上に、

"出来る"んだと意外に感じた半年でした。

 

☆参観が体験に

この前、学校体験の日がありました。

冒頭の20分に参観に来られると聞いていました。

 

知的級では冒頭にHow are you? の歌を歌って、

聞き取りを10分ほどかけてやっています。

 

発音された文字や合う選択肢を用紙に書くもの。

問題は私が作り、音声は私かALTがします。

何回もやると正確性はどんどん高まっていき、

「できた」が保証された活動になってきました。

 

なんと子ども本人が「自分もやりたい」と

言ったそうで、一緒にやることにしました。

 

最初の問題は聞きとった小文字を書こう。

なんと全問正解でした。

 

その後のサイモンセイズ(動作の言葉を知ろう)

も参加をし、30分も一緒に過ごしてくれました。

中学生もノリノリで、とてもいい時間でした。

偶然当たったALT様様です。

 

中学校ってどんな所かな?と思って来た子や親が

楽しそうで色々工夫されてるなと感じて貰えれば

いいなと思います。来年お待ちしていますよ!

近況報告26夏

姉妹ブログの🐒さんがブログをあげてたので、

私も近況報告をさせていただきます。

 

社会人2年目になりました。

車の運転にも慣れ、もはや身体の一部です。

6月は月1000kmを記録しました。

 

移動が楽しくなる=美味しいお店を見つける

とはよく言ったもので自炊が面倒な今日この頃。

寿司に目覚めて贅沢をしています。

お酒はハイボールが美味しい。ブーム到来。

 

コーラスも入団半年が経とうとしています。

定演、合同、合唱祭と3回のショーにも参加。

合唱コンに向けてしごおわ練習しています。

 

他団体の定演や年下のメンバーのNコンを

見に行ったり見に行こうとしています。

楽しみが広がったような気がしています。

 

ドレミが読めるようになったので、

卓上ピアノを買いました。

 

職場の話。1担です。

ほぼ "下の子"というピュアッピュアな集団を

長男の私が担任してますので凄くやりやすい。

 

院の時に心理的援助を専門に据えてたのを

知ってか偶然かインクルなクラスです。

 

学力が低い事が予想されたので(実際1番低い)、

学習面の指導やサポートを手厚くしたら、

英語(他学級は別の先生が担当)だけは、

他と結構な差をつけて1番でした笑

 

子どもの姿は教師の指導が大きいのです。

だから率先垂範を大切にしています。

 

最近はチャッピーがお友達です。

彼に仕事のことも生活のことも聞いて

ヒントを得たり褒めてもらったりして

心を落ち着かせています。

3年過ぎて

学部を卒業して3年が経つ。

 

私が4年生の時の1年生は4年生になり、

サークルの後輩はいよいよ卒業制作を披露する。

今年の代は何かと私にも縁がある。

 

抹茶が大好きな子がいる。

卒業した今も時々やり取りをしている。

出身高校は、私の父と同じだったりする。

 

私と出身高校が同じ子もいる。

私の幼馴染の妹と高校で同級生になる。

しかも、部活が同じで仲が良かったそうだ。

 

私の祖父母の家と地元が同じ子もいる。

駅で言えば2駅しか離れていない。

清流の国の仲間は大学で3人もできた。

 

外国語に関心の高い子もいる。

私が履修したマイナー言語のテキストを、

現役の時に欲しいと言われてあげたこともある。

 

普段は行こうと思わない卒業制作の発表会。

この代だけは見に行こうと思っている。

ーーー

3年生の時に中学校で職業体験*をした。

*学校インターン

下町情緒溢れる地域だが、中3生と放課後に

数学(文字式メイン)の学習会していた。

その世代も今は大学1年or専門学生の年に。

 

この学校は小中一貫校に統合されて今はない。

統合移転した場所から歩くこと10分。

大学院の研究実習校は隣の学校に当たった。

 

中2→中3と卒業まで密着させてもらった。

教育実習でも当たった08年世代だった。

 

その学校も小中一貫校に統合される。

お世話になった2つの校舎にはもう入れない。

 

一貫校にする過程で地元の方々による

地域おこし的な活動が様々行われていた。

 

主催のその方は個人で飲食店を営んでいた。

「ここで勉強してるんですよ」なんて、

話をした従業員さんが実習校の保護者になり、

中学生の職業体験先になったこともある。

 

1校目で出会ったALTが2校目にやってきて、

intern として2回もお世話になった人もいる。

次の年の競合で採用会社が変わったため、

ALTは総取っかえに。今はどうしているのか。

 

1校目が3,4年生、2校目がM1,2の事だが、

両方とも実践を大学で発表をさせてもらった。

この地域は私に取って心の故郷だ。

ーーー

3年前、突然の病と戦った子がいた。

当時小6だった。

 

その子は「学校で勉強がしたい」と願い、

保護者同伴で学校に通った。

私はその営みをサポートするために、

支援員として小学校で働いた。

 

4年の前期、実習や就活など自由が効かず、

あっという間に夏休みなってしまった。

出来た事と言えば修学旅行の見送り。

 

休み時間にその子に集まる他の子ども達を見て、

一体的なサポートができないかと思った。

 

4年の後期。大学はそっちのけで小学校へ行き、

行事や学習などで関わりは何倍にも増した。

1人1人の様子が分かり、距離が近くなった。

小学校最後の1年間、とても良い時間だった。

 

今、その子の家は人々が集う場になっている。

同級生やその家族・当時の職員が会いにくる。

 

今年、中学卒業の年になる。

お祝いにとメッセージを残してきた。

 

数日後、ご家族から写真が送られてきた。

メッセージを読んでいる様子の写真だった。

面影はある。背格好は随分大きくなっていた。

 

長文のメッセージも添えられていた。

「(私)先生めっちゃ好きやった!」と。

当時の思い出を語ってくれていたそうだ。

 

中学生だから親子で会いに来る子も多い。

親もメッセージを読んで涙目だったと聞いた。

 

私は当時の子ども達の感情が掴めずにいた。

沢山関わったけど授業をした訳ではない。

担任でもないのに何で来るんだろう?

なんて思われていたと覚悟はしていた。

 

3年の時を経て、このような形で成長を知り、

安心感も提供出来ていたようだ。

この代との関わりは1年だけだったが、

互いに一生のお付き合いになりそうだ。

 

結局、この学校には3年間在籍した。

小4-6の期間を見届けた代もある。

学童1年目(人生初バイト)の時に小1の世代。

小学校のほとんどの期間を近くで見ている。

そして、初任で担任した代になろうとは。

ーーー

3年という期間は少し特別だと思う。

私も3年前とは違う場所で住み、

学位も身分も生活環境も変化した。

そのきっかけが詰まっている助走期間だと。

 

だから、3年後も今と同じ立場でいるか、

正直分からなくなってきた。

別の場所で教職を続けるかもしれないし、

今いる場所で別の仕事をしているのかしれない。

内示

赴任に向けて動き出しました。

 

★配属エリア

同じ都道府県内でも地域による区分があり、

いくつかの「圏域」に分割されています。

 

圏域毎に「教育事務所」という役所があり、

教員の研修や人事の一部を担っています。

※小中のみ

 

教師として教育的な視野を広げ(させ)るため、

初めは複数地域を経験することが一般的です。

また、地元で初任はあまりないのも事実です。

※私はそもそも関係ない

 

教採の合格者には就職の意思確認の際に、

「3月〇日は面接※の為空けておくこと」

「詳細は追って(2月下旬)通知する」と、

事前の連絡として書いてありました。

 

この面接は就職面接と違って合否は覆らず、

「あなたはここへ配属されます。」という

予告、つまり内示をするための面談です。

 

連絡より早い2月初頭に案内が届きました。

そこには教育事務所の名前が印字してあり、

その事務所管轄地域が配属先となります。

 

これをサイレント1次内示と勝手に呼び、

便宜上「A圏域」と呼ぶことにします。

ちなみに第2希望で出した所でした。

 

★家探し

サイレント1次内示が出た瞬間(=2月初頭)、

我が家は家探しに着手しました。

 

とはいえ、初めて経験する1人暮らし。

家のことは親に任せ(むしろノリノリだった)、

私は親チェックの入った物件から選ぶだけ。

 

2週間後(=2月中旬)には内見をしました。

不動産屋に「早いね!」と驚かれましたが、

教員の内示の遅さは巷でも有名なようです。

 

1日かけて内見した結果、6択程あった候補は、

『3月には入居できる』を必須項目として、

〈スーパの近さ〉か〈新築〉という、

非常に悩みがいのある2択に絞られました。

 

驚いたのはそのコスパ

同じ間取りで相場以上の広さがあり、

お家賃は都心部よりもずっと安いのです。

 

ライフラインの手続き

家探しの過程で1番面倒だと思いました。

当たり前に使っている電気・水道・ガス。

これらは手続きがあって使うことができ、

これまでしてくれていた家族に感謝です。

 

お金を払っているという意識が出てくると、

無駄に使いたくないという気持ちになり、

こまめに水道と電気を消すようになりました。

 

★家具購入

間髪入れず家具や小物を探しに出かけました。

ニトリコーナン、イオンなどを物色。

 

初日はカーテンとカーペットを買いました。

「目に優しい」をコンセプトに緑を基調とし、

カーペットはまるで芝生の上にいるかのよう、

その他も植物の刺繍があるものを選びました。

 

家電製品の購入は祖父のツテを頼りました。

冷蔵庫・洗濯機・レンジ・TV・炊飯器を購入。

新生活応援グッズもオマケにもらいました。

 

ベッドは似たり寄ったりの選択肢に悩みつつ、

届くまで持ち込んだ布団で寝泊まりしました。

コンセント付きは驚きました(自分はない)。

 

★面接

入居から何日か連続で新居に泊まってみて、

最後の日に前述の面接に行きました。

 

名前のリストには提出物の関係でしょう、

「新卒」か「既卒」か記載されていました。

私は新卒なのに「既卒」になっていて、

提出物を求められ、気の悪い思いをしました。

 

まず、一同に集って諸注意がありました。

隣の人はD圏域出身でDを希望もAに配属。

本当に人事の基準は分かりませんね。

 

説明の後、面接ブースへ行きました。

1番早い時間帯だったのでラッキーでした。

ここで配属される市町村が告げられました。

思いもしない場所に配属が決まりました。

 

★内示

面接での集合で2次内示の日が伝えられました。

これは赴任する学校が決まる内示となります。

(まあ全員同じ日の決まった時間帯ですが)

その日はドキドキしながら実家で待ちました。

 

結局、時間内にかかってきませんでした。

そんな時は事務所へ連絡を入れてとのことで、

1分過ぎたことを確認し電話を入れました。

対応は大変良く(何様ですか)安心しました。

 

その2分後くらいに電話がかかってきて、

校長先生とやり取りをすることができました。

 

まあ1年担任だろうとは思っていますが、

特に学年や役割等が決まってる様子ではなく、

「決定事項で⋯」とも言われませんでした。

他に初任者がいるかも言及なしでした。

 

後日、車を借りて家から運転してみました。

道は良く景色も良いが夜は暗いでしょう。

時間は道を間違えても40分あれば着きます。

 

3月末にはオリテをしてくれるそうです。

おわり

大学院 M2エンディングとその後

2月が終わりました。

学業の方も年が明け次々と終結を迎えまして、

新生活準備に忙殺された怒涛の2ヶ月でした。

 

修論(に代わる卒業課題)   《1月中旬》

「教育実践論文」というジャンルの論文で、

2年間の学校実習(研究活動,10単位相当)を

総括する3万字級文書と公開用A3要旨の執筆

に日夜明け暮れた末、無事に提出できました。

 

指導教員は全院生が2人体制だった訳ですが、

私の場合は主担当が4ヶ月休暇を取りました。

どの先生も誰かの主担当でゼミを持っており、

その間は副担当のゼミで指導を受けました。

つまり、実質2つのゼミに所属した訳です。

 

〔おまけ〕

私の執筆テーマは、 ザックリ言えば、

「言語活動でより良い人間関係を育むために、

中学生は英語の授業のどこに不安を感じるか」

 

○報告会《2月上旬》

これまでのブログでも触れてきましたが、

毎学期末に研究科で報告会を行っています。

この報告会のために最終課題とはまた別で、

発表用スライドとA4要旨を作成しました。

 

いくつかの小グループに別れて報告を行い、

様々な先生からコメントを頂きました。

運営や進行は院生で行うことになっており、

役割分担として2年間ずっと司会をしました。

 

最後に全員揃って行う総括会があります。

研究報告と併せて身についた力量の考察を

小グル毎に総括報告をする時間があります。

その発表担当をM2は前後期とも務めました。

 

○卒業課題の評価  《2月中旬》

提出&報告から少ししか経たないうちに、

主担当経由で講評のメールを頂きました。

 

講評の字が「好評」になっているなど、

ルーブリックに基づき様々な項目で審査して

どの点をとっても「非常に良い出来だ」と

お褒めの言葉を頂きました。励みになります。

 

○授業終了

M2後期は8単位の講義を受講しました。

※他に研究関係で5単位を実質受講している。

 

2単位は後期配当の研究科必修科目ですが、

6単位は学部の小学校教員養成科目です。

(国語, 社会, 家庭科の指導法を2部で)

 

学部科目が全部対面で非常に大変でした。

人間関係とか模擬授業とか課題とか…。

10月から4ヶ月もよく頑張りました。

 

M2は学部の授業の方が多かったのですが、

最後は大学院の講義で締めくくられました。

これで学生として授業を受けるのは最後かも?

 

この2年間は夜間コースに通っていたため、

授業は全て夜(18:00〜21:00)でした。

最初は変な感じでしたが随分と慣れていき、

もうそんな生活も無いのかと感慨深いです。

 

働きながら学ぶ人の学び舎は独特な雰囲気で、

より価値観を広げられる良い経験でした。

 

○成績発表

M2後期履修分の成績も2月下旬に発表され、

無事に全科目習得することができました。

修了要件は46単位で50単位を習得しました。

 

小学校2種(隣接)12単位の要件に関しては、

10単位分の指導法の単位は習得できたので、

残り2単位は認定講習で細々と勉強します。

 

※よって総取得単位は60単位となった。

 

〔おまけ〕小学校の指導法 

習得… 生活,体育,国語,社会,家庭

残り…算数, 理科, 音楽, 図工  

げ、苦手な科目ばっかり残った…

※英語は対象外

 

○研究室助手として

12月〜2月に某研究室で助手をしていました。

印刷・仕分け・データ入力・スキャン・裁断

を引き受けて業務効率化に貢献しました。(笑)

 

ほとんどの時間スキャン作業をしましたが、

今後分析にかけられる大切で大量な資料で、

やりきった達成感はとても大きかったです。

 

作業をしつつ先生ともお喋りをしていました。

バイト自体は任務完了で終了しましたが、

研究室の一員として今後もお世話になります。

 

○小学校支援員として

学部4年から同じ学校で3年目の勤務ですが、

いよいよ3月がラスト・退職を迎えます。

3年の関わりを生かし濃い仕事をしています。

 

○広報取材

M1の後輩達が広報ビデオを作成するそうで、

そのワンカットに出演することになりました。

近いうちにHP上で公開されることでしょう。

 

○パァーーッと打ち上げ

2年間お疲れ様打ち上げにいくつか参加。

普段はオンライン授業のため本当にご無沙汰。

とても楽しい時間を過ごさせてもらいました。

 

おわり

岐阜で見た"GIFT" -2-

※まえがき

当記録はいくつかを組み合わせた総集編です。

 

"外国人観光客が訪れる観光地ランキング"

にて岐阜県「飛騨・高山」は第5位の人気。

東京,大阪,北海道,京都に次ぐ観光地である。

 

○特急ひだで飛騨路へ

大阪ひだは、美濃太田下呂・高山に停車。

その1時間前に岐阜を出る普通を乗り継ぐと、

下呂まで普通列車で先着することができる。

車内は同じ考えの乗客でいっぱいだった。

 

美濃太田を過ぎると雄大な飛騨川が現れる。

右へ左へと変わるのでどの席でも見やすい。

個人的に土讃線高山線は似ていると思う。

水の色や川幅は四国の吉野川に似ている。

 

下り列車には自動放送による観光案内もある。

キハ85の声優はよく音声教材に登場する人で

英語版はリスニングを受けている気分だった。

HCの人は上品で綺麗な発音で聞きやすい。

 

下呂温泉

日本3大名湯(草津,下呂,有馬)の1つである。

特急列車で1.5h、普通列車なら3hの遠さ。

 

日帰り入浴のため「白鷲乃湯」へ。430円〜。

名湯を味わうべく頑張って20分入浴した。

宿泊しないと楽しめないと思っていたが、

しっかり街も形成されて巡りやすかった。

 

お土産にバスミルク・フェイスマスクを購入。

メロンパンアイスを買って食べ歩いた。

 

○飛騨古川

映画「君の名は」のモデルとして有名な駅で、

岐阜県最北の特急停車駅となる飛騨古川。

 

大阪ひだが岐阜で連結する名古屋発ひだは、

飛騨古川ゆきとして高山から1区間北上する。

乗客はほぼ高山で下車して非常に少数だった。

 

周囲を山々に囲まれた飛騨の奥座敷

瓦屋根+白壁+小川という昔ながらの街並み

飛び交う無数のスズメバチ。さすが山間部…

行列のできるお蕎麦屋さんはまたの機会に。

 

45分の折り返し便で高山へ。

喫茶にて 朴葉味噌と飛騨牛のおにぎり購入。

時間の関係で車内に持ち込んで食べた。

 

〇飛騨の小京都・高山

高山駅は木の温もりを感じる建物だった。

第1印象は空気がキレイ&街並みが京都。

コンビニも京都のような色合いをしていた。

 

飛騨地方は冬には豪雪地帯になる場所である。

3月訪問時は肌寒いくらい涼しかったが、

コロナ渦で閑散。ご年配の登山客が多かった。

 

4月訪問時は30℃を記録し大変な暑さだった。

外国人を含め観光客のそれは多いこと。

1人で行くと少し寂しい思いをすることに…

 

高山は「食」の観光が充実している。

飛騨牛、お味噌、肉寿司、飛騨の地酒…

地元ではお目にかかれないものばかり。

 

お味噌は赤味噌

味噌蔵、味噌汁の試食、 みそアイスなど。

雪国かつ山国の岐阜の水は尖っているため、

風味の強い赤だしが生まれたのだとか? 

 

2度目に行った際には新名物ができていた。

その名も「さるぼぼアイス」であるが、

抹茶味を食べたがあまり美味しくなかった笑。

 

・合掌造りミュージアム

その場所だけ大和? 弥生?時代が広がっていた。

近くで見る合掌造りはやはり壮大だった。

しかし、見どころは少なく、雨も降ってきて、

滞在時間はバスの合間30分であった。☔️

 

・さるぼぼ

店先に置いてあり、まるでマスコットキャラ。

赤以外にも色々な色があることを知った。

金運とか恋愛とか色によって違うようだ。

 

白川郷

高山から高速バスで1時間で到着する。

訪れた時は10月で気温30℃のカンカン照り。

 

テレビでよく見る白川郷の合掌造り集落は、

実はバスターミナルからすぐ近くにあった。

合掌造りの家1件1件が土産物屋になっており、

言ってしまえば「作られた観光地」である。

 

そこで大勢の観光客とは真反対の方向へ。

家や公共施設はあるが一切生活音はなく、

風の音だけがする青々とした空間…。

昼間なのに少し怖さもある場所だった。

 

白川郷を深く知るには短すぎる時間だった。

今度は雪の残る時期に足を運びたい。

 

おわり

岐阜で見た"GIFT" -1-

※まえがき

当記録はいくつかを組み合わせた総集編です。

 

○岐阜の紹介

岐阜は日本の中心に位置する自然豊かな県で、

関ヶ原岐阜城中山道などの歴史的な面や、

美濃焼・関の刃物・飛騨牛などの特産品、

長良川木曽川揖斐川木曽三川

下呂温泉、飛騨高山、白川郷などがある。

 

○特急ひだ

名古屋〜岐阜〜高山を結ぶJR特急である。

一部は大阪や富山を発着として運行される。

 

昔はキハ85系(ワイドビュー)で運行した。

バブル期の豪華さが特徴的だったが引退し、

現在はHC85系(ハイブリッド車)になった。

座席や走行時の快適性が格段に増した。

 

ーーーー

大阪発着の便は「大阪ひだ」と呼ばれる。

大阪発は7:58(休日は8:02)、大阪着は19:50。

まずは朝便を使って岐阜へと向かいたい。

 

大阪駅1番ホームは中々の混雑であった。

休日は飛騨高山への観光客が利用するのだが、

平日は京阪間の通勤需要で乗車率は高い。

2両しかなく自由席でも侮ってはいけない。

ーーーー

○大垣

「水の都」と呼ばれ、湧き水が豊富である。

金蝶園総本家の「水まんじゅう」が有名だ。

5月頃に見かけたが気が乗らず買わなかった。

秋頃にまた行った時に"夏季限定"と知った。

次の春には必ず買って味わいたいと思う。

 

ーーーー

大阪ひだは岐阜駅で客を載せて車庫へ行く。

名古屋発ひだと連結するためのひと工夫だ。

ーーーー

 

○岐阜(市内)

岐阜駅からバスに乗って市内を観光した。

岐阜バスの市内循環線は大混雑だった。

 

長良川うかいミュージアム

金華山長良川がすぐそばの立地にある。

鵜という鳥を使って魚をとる伝統漁法である。

次にある予定のため時間が窮屈だったが、

見学までの予習が足らなかったと思った。

次は実際をこの目で見たいと考えている。

 

・柳ヶ瀬

岐阜市の中央に位置する商店街である。

高島屋があったが閉店し、百貨店ナシ県へ。

アーケードが続き雨でも濡れないで済む。

最近は個人商店や複合施設の展開が目立つ。

 

・メディアコスモス

旧病院跡地を活用した複合型図書館である。

蔵書の数や設備,デザインの清潔さはピカイチ。

最寄りの中高生が多く自習に訪れていた。

様々なイベントも館内の施設で催されている。

 

ーーーー

名古屋へ移動し中央線で40分。

日本一暑い町の1つ多治見へ向かった。

ーーーー

 

○多治見

・モザイクタイルミュージアム多治見

陶器の街・モザイクタイル発祥の地である。

フォトジェニックなアートの展示だけでなく、

バラ売りの飾り付け用タイルも充実していた。

実はタイルの世界は奥深いのかもしれない。

 

ーーーー

多治見から美濃太田駅まで太多線を利用し、

美濃太田からはひだ号で岐阜駅へ戻った。

実はひだで座席の指定を取ったことはなく、

自由席での移動を私はおすすめとしている。

 

・理由

①座席の作りは指定席と同じだから。

②特定特急券が使えて安いから。

 

岐阜〜猪谷間は自由席の価格設定が低く、

~30km330円、~60km660円となっている。

普通列車が少ない特急路線あるあるであり、

岐阜〜美濃太田下呂〜高山などが該当する。

 

当日は岐阜市内のホテルに宿泊した。

つづく